一目惚れしたたったひとりのお姫様
小学生だった頃、弟が持っていたゲーム「真・三國無双」というゲームを一緒になってプレイしていた時期があった。言わずと知れたシリーズもので、三国志に出てくる人物を使っていろんな戦に出かけていって自軍が勝てば(敵将を討てば)よし、というゲームなのだけど、私はこのゲームをプレイする時、自分が使うキャラクターを頑なに決めていた。
甄姫(シンキ)という女の人だ。魏軍に属し、大将曹操の息子である曹丕の妻である。
彼女はとにかく、ものすごく、顔が好みだった。CGのくせに、本当に美人だった。びっくりするくらい美人だった。こんな人が戦場に出てきたら周りが逆に気を遣いそうなほどの、絶世の美しい人だった。
全身を青紫のカラーコーディネートでまとめて、長い髪を結い、防御も何もあったものじゃない美しさ重視の格好で、平気で臍を出し、切り込みが深すぎるスリットの入ったスカートに踵の高いブーツを履いて、彼女はどの戦場にも繰り出して行った。戦場に出ている時の彼女には「曹丕の妻」なんて肩書きは一切要らなかった。
長くてたくさんの装飾が施された横笛が武器で、一応楽器のはずなのに彼女の戦法はそれをぶんぶん振り回して敵を殴り殺すというものだった。美しい楽器をまるで鉄パイプのように振り回し、殴り、殴り、最後には尖った踵で蹴り飛ばした。高笑いしながら馬を操り、数の多さだけが取り柄の雑魚の歩兵にも、要所にいる中ボスにも、彼女は同じ態度で鉄パイプの横笛を片手に挑んでいった。「汚らわしい」と「お黙りなさい」が口癖の彼女は無双のゲージが満タンになるとようやく笛を笛として使って、その超音波か何かで周りの敵を一掃していた。
けれど私はあくまで殴り殺すスタイルを貫く彼女が好きだった。それ、良い笛なんじゃないのと声をかけたくなるほどに容赦無く、敵将にボコボコに殴りかかる彼女が好きだった。誰にも守られることなく、一人で戦地を走り回り、ただ一人涼しい顔をして美しい姿のままでいる彼女が好きだった。
甄姫という人は、ゲームの中では決して強い方の人ではなかった。
強い人を使おうと思えば力の強い男性には叶わないし、体力面でもパワー面でも甄姫はどれだけ良い武器を持たせても、どれだけレベルを上げても男の人には叶わなかった。
それでも私は甄姫だけを使い続けた。弟が呆れて「女キャラがいいなら他にもいるじゃんか」と言っても、私は絶対に甄姫を選んだ。他の女性たちがどれだけ美しくても愛くるしくても、甄姫以上に美しい女性はあのゲームには存在しなかった。
私は甄姫に一目惚れしていたのだった。
甄姫が属している魏軍もまた好きだった。強さこそが全てのような集団で、慈悲のかけらもなさそうな曹操やその息子曹丕、狡猾で人を見下すのが大好きな軍師司馬懿、その他諸々の人たち、基本的に青色で統一された人たち、力こそ全てな人たちが好きだった。蜀の思慮深さ、呉の情熱的なところ、何にも興味がなかった。私は血も涙もなさそうな、まさに青い血をしていそうな、冷たくて強い魏軍が好きだった。たとえ本物の三国志では滅びるさだめにあろうとも、私は魏軍が大好きだった。
何より甄姫が、彼女が大好きだった。誰かの妻という肩書きをかなぐり捨てて敵将を殴り殺しにいく彼女の姿が好きだった。笛を笛とも思わずに、きっと鉄パイプ仕込みのそれで、これでもかというくらいに殴り殴り蹴り飛ばす彼女が好きだった。見た目の美しさのわりに、泥臭い戦い方をする彼女が好きだった。「汚らわしい」も「お黙りなさい」も高笑いも全て好きだった。
真・三國無双は今どこまで進化しているのかもう知らない、もしかしたら終わってしまったシリーズかもしれない、けれど今、もう一度このゲームで遊ぶとしても、私は甄姫を選ぶだろうと思う。そして殴り飛ばすスタンスは、変わらないままでいてほしいなと思う。
私の三国志はずっと魏が強いままだし、甄姫は永遠に美しいままでいる。永遠に美しいままでいてほしい、幼かった私が一目惚れしたたったひとりのお姫様。
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