君と鏡越しに出会える日まで

「今日はどんな感じで」

「これから仕事が忙しくなるし、ちょっと気合い入れたいんで、なんかアナーキーな感じにしてください」

そう言うとヨシカワさんはしばらく「うーん」と唸り、首を傾げ、襟足ばかりが伸びた私の髪に手櫛を通し、それから手をいっぱいに広げて私の頭の形をいろんな角度から眺め、耳に少しかかった横髪をなんとなく持ち上げて、天井を見上げた。それからヨシカワさんはその姿勢で5秒ほど固まり、何かが「降りてきた」ように「うん」と独り言のように頷いた。

「わかりました。じゃあ早速シャンプーで」

「はい」

そして私はアシスタントの人に案内されて、シャンプー台に座る。温かくて心地よいお湯と、頭皮をゆっくり揉みほぐしてくれる指先の絶妙な力加減に、私はいつも眠ってしまいそうになる。




ヨシカワさんと出会って4年になる。この4年、ヨシカワさん以外に私の髪を任せたことはない。

ヨシカワさんほど私の髪質や頭の形、顔の形、横顔の輪郭、そしてどこにつむじがあるのかも、知り尽くした人はいないだろう。私はこの4年間、ヨシカワさんの手で見事な前下がりボブとぱっつん前髪を思う存分楽しんで、未練がなくなればバッサリショートカットにして真夏の暑さを乗り切って、そしてここ2年間は襟足だけをまっすぐ胸まで伸ばし、頭周りはウルフとマッシュボブを混ぜたような、見事な逆ツーブロックを楽しんでいる。

ヨシカワさんは理論派アーティストと呼ぶのがぴったりの人で、私の髪を切りながらいろんな髪型のバランス理論や前髪の長さとその前髪から見える顔の比率、そしてハサミの違いまで滔々と話す。何もわからない私は「へーえそうなんですか」と適当にわかったようなふりをして相槌を打つ。それでいてアーティストと言うのは、そんな理論をきっちり押さえて出来上がった髪型が、いつも「おっ?」と鏡を覗き込みたくなるような、見たことのない形になっているからだ。


今回はアナーキーな感じにしてくださいとだけ頼んであとはヨシカワさんの好きに任せていたら、まず最初に両サイドを刈り上げられてそれから前髪を斜めにバッサリ切られた。眉上どころじゃない、ほとんど生え際まで見えそうな右の額が露わになって、そこから左目をめがけてまっすぐに、斜めに、前髪は流れた。そして終着点に長めのひと束を残し、左目をほんの少し、隠して見せるのだった。


「テーマはエチゼンクラゲです。襟足は触手で、この前髪の長いところも触手です」


はあ、としか言いようがなかった。アナーキーとリクエストして、エチゼンクラゲを完成させるこのヨシカワさんのセンスが大好きだった。私はヨシカワさんに何もリクエストしない。いつも「伸びた分だけ切って、あとは好きにしてください」とだけ伝えて、今日のヨシカワさんはどんな髪型を見せてくれるのだろうと、それを見るのが楽しみだった。ヨシカワさんを前にしては私はほとんど練習用のウィッグをかぶったマネキンも同然で、だけどそれは、楽しいことだった。ヨシカワさんが作った髪型は、いつも、会社の中で人目を引いた。







ところ変わって、私には美容師の従妹がいる。故郷の美専を卒業し、自宅の近所の美容室で働き始めて5年経つ。去年の春、長いアシスタント期間を経て、晴れてスタイリストに昇格した。ド田舎の故郷であるので、町の人のほとんどはその美容院に行くし、私の母も、叔母も、今ではみんな彼女が髪を切って染めている。彼女は家族の髪型全てを担っている。

会うたびに違う色に染めている、七色の髪を持つ彼女だった。ド田舎の故郷でひとり、バキバキにピアスを開けまくり、お洒落に励み、働いている美容院の中でも浮いているような彼女だった。生まれた頃から知っている、大きくなってきた過程を全て知っている、家を出て離れて暮らすようになった私にも、たまの帰省で「ちーちゃん」と私に笑う。



私はアシスタント時代の彼女に何度か髪を染めてもらったことがある。カットは別のスタイリストさんが受け持ち、カラーになるとおずおず登場してくる彼女に、私は何度か髪を染めてもらった。子供の頃から知っている子に「それではカラー始めさせていただきます」と言われるのはとてもこそばい。こちらも柄にもなく「はいお願いします」と敬語でお辞儀をしてしまう。

アシスタント時代の彼女の両手はいつもボロボロだった。シャンプーやカラーリングは日々彼女の手を痛めつけた。たまの帰省で顔を合わせてもしきりに両手を擦り合わせては「かゆい」「痛い」と顔をしかめていた。勉強はできなかったけれど朗らかでおおらかでよく笑う彼女ですら、あの日々は毎日泣いていたという。思うようにいかなくて悔しかったこと、悲しかったこと、両手が荒れて辛かったこと、それら全てが彼女を毎日泣かせていた。


けれどそんな日々も過ぎ去り、今、彼女はスタイリストである。

けれど私はこうも思う。まだ私の髪を切るには早いんじゃないの? と。


私の髪は、4年間のヨシカワさんが作り上げてきた賜物だ。誰とも似ていない、誰とも同じじゃない、そしてきっと、誰にも真似できない唯一無二の髪型だ。それはいつもそうだった。4年間ずっと、そうだった。螺旋を描くようなアシンメトリーのボブ、極端なマッシュウルフ、そして今はエチゼンクラゲだ。そんな私の髪型に、まだスタイリストになって1年も経たない君は、果たして立ち向かってこれるかな? と思うのだ。


私はヨシカワさんが好きなように切ってくれた髪型をいつも受け入れてただ楽しんできただけだが、そのヨシカワさんのおかげで、自分の髪型に対する思い入れは確実に強くなった。




別に奇抜な髪型じゃなくてもいい。それでも髪を切るとき染めるとき、見違えた自分を鏡の中に見つけるとき、これでまた戦えると思える。これでまた、明日からも世界に立ち向かっていけると思える。そして、美容室に入る前と出たあとの世界は確実に変わっている。髪型は世界を変える。私に見える世界を確実に変える。世界が変わって見える私は、多分きっと「生まれ変わっている」のだ。髪型にはそんな力がある。


ヨシカワさんのおかげで、私は自分の髪型は自分だけのものだと強く思える。気持ちが臆病になっても、この髪型があるから、仕事にも行ける。誰とも同じじゃない髪型でいることで、私はここに埋もれてなんかないと、言い聞かせることができる。ヨシカワさんが私にくれる髪型は、私にとって、なくてはならない武器なのだ。





そんな武器を、私に与えてくれるだけの力が、君にはあるかい?

私の世界を変えてくれるほどの力を、君はどこまで持っているかな?




君が私の髪を切るのはまだまだ全然早いぜ、と思う。私以外の家族みんなの髪型を任せられても、私だけは、まだまだ君には任せないぜ。自分が七色の髪をして、周りからも浮いている君だったらわかるはず。私の髪は難しいぜ。君にはまだまだ10年早いぜ。


だけどもね、大好きな従妹。実の妹ほどに愛してる、可愛い従妹。

私は楽しみに待ってもいるよ。君が技術を磨いていろんな髪型を思い通りに作り上げられるようになって、自信を持って私の髪に立ち向かってきてくれる日を、私は楽しみに待っているんだよ。

私を「おお」と唸らせられるほどの髪型を、君の手が作ってくれること、鏡越しに誇らしげに笑う君の姿を見つける日が、楽しみでならないんだよ。




だからいつか立ち向かっておいで、可愛い従妹。

その頃には、君は誰が見ても一人前の、センスあふれる立派なスタイリストになっていることでしょう。

立ち向かっておいで、大好きな従妹。

ハサミを手にした君と鏡越しに向き合うその日まで、私は私の髪を、精一杯きれいにしておくよ。ヨシカワさんと一緒に、自由な髪型を極めていくよ。きれいな髪を、守り通すよ。


君のために、私は遠く離れた都会の街で、せっせと美容室に通い続けるよ。

愛する従妹よ、その道を強く踏みしめて、歩いていけ。自分の道を極めてゆけ。私はずっと待っているよ。君との真剣勝負を、楽しみにしているよ。

生きていこうと思えるよ、君に髪を切ってもらえる日まで。



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