2020.11.20 13:56鐘を鳴らして、両手で私の祖母は、私が産まれて、私の「手」に一目惚れをした。「なんて綺麗な手えした子けねって、顔も見んとずっとあんたの手ばっかり見とったわ」夢見がちで時折思春期の少女のようなことを言う祖母は、幼い私に繰り返し、繰り返し、産まれたばかりの私の手がどれほど美しかったかを、それがどれだけ祖母の心を捉えて離さなかったかを、うっとりと、まるで私が産まれた病院を訪れたあの日奇跡に立ち会ったかのように、夢を見ているよ...
2020.11.20 11:13Life is beautiful (2015) 魚津に帰省している間じゅう、言葉はどこが引き受けるものなのかということと、わたしが捨て置いてきたものたちと、流れた歳月のことをずっと考えていた。 言葉について。わたしは、19を目前にしてこの町をひとり出て行くまでは、この町の言葉を話していた。周囲もみんなこの町の言葉だった。高校生よりも、中学生よりも、小学生よりももっと前、わたしの身長がまだ1メートルにも満たないような本物の子供だったときは、自分...
2020.11.20 10:58光が降る (2015)1. 高校2年のときに買ってもらった紫色のショルダーバッグに一泊分の着替えだけを詰めて、左手には手土産として適当に買ったバウムクーヘンを提げて、それだけの荷物で、特急を下りた。改札を抜けると弟が迎えに来ていて、ふたりで車に乗り込んだ。「ジジイは元気なんか」「元気じゃないからうちら来たんやろ」 車の中にはふたり分の憂鬱がしずかに満ちていたけれど、日の落ちゆく町の向こう、絵のように聳える故郷の山々を見...
2020.11.17 23:01消失2020年は、「過ぎていっている」と言うよりも、「消えていっている」と表した方が、私にはすとんと腑に落ちる。一日は、「昨日」となった時点で「過ぎた」のではなく「消えて」いる。ふっと、いなくなっているような気がする。あんなに終日気を揉んだ大阪市住民投票も、気づけばもう一週間前のことで、あの日の朝、きらめく秋の陽光、投票の後に食べたトーストとコーヒーの味、部屋に帰ってきた後の感情の揺らぎ、あれらはもは...
2020.11.17 22:55拝啓 20年前の私へ「20年前のちーちゃんから30歳の千裕さんに手紙が届きましたよ」母からの連絡には、フェルトペンで書かれたのであろう拙い子供の書く漢字で私の実家の住所と宛名が記された茶封筒の写真が添付されていた。何をそんなアンジェラ・アキみたいな話……と首を傾げかけたところで、ばちんとその記憶は蘇ってきた。小学4年生、ちょうど20年前、国語の授業で「20年後の自分に宛てて手紙を書く」という時間があったこと。あの時先...
2020.11.17 22:42孤独を煮詰めたもつ鍋をばくばく食べた夜私が在学していた学部は「講座」と「コース」という言葉で専攻をカテゴライズしていて、私は「現代文化論講座」の「芸術文化論コース」の中に身を置いていた。これだけで私がどこに在学していたのか分かる人には分かるのだろうがこの「芸術文化論コース」略して「芸文」という単語を使わないことには私が不便で仕方がないのでここで正直に書いておく。*芸文には卒業時、私を入れて5人の同期がいた。そしてこの同期たちは、ドイツ...
2020.11.17 22:34私のギャルはスウェットにサンダルで真冬を歩く「動きにくい服を着て、きちんと着飾らないと、女の子は街に出てきてはいけませんよ」という圧力に対抗して、ギャルは「気合いの入った格好をしない」という方法で戦闘力を高めていたのかもしれない。心地いい格好をしても街に勝てるということを証明したかったのかもしれない。(はらだ有彩『百女百様 街で見かけた女性たち』より)私のギャルは雪さえ降らなければ、いや、たとえ雪が降ろうともユニクロの上下黒スウェットにおざ...
2020.11.17 22:13蝶子、わたしが愛した彼女の物語19歳の春に出会った蝶子はまるく広がるおさまりの良いボブカットで顔立ちにはまだ少年のようなあどけなさが残り、覗き込むように人を見る目を取り立てて大きいと思うことはなかったけれど、くるくると、あちこちよそ見をしたりすぐに興味の対象が移り変わってそのどれもに好奇心を隠さない視線は誰もを魅了した。蝶子はいつも、どこで買うのかわからないレトロな柄のシャツを着て、ノートも教科書も入らないような小さなリュック...
2020.11.17 22:07ラプンツェルの三つ編み2年前から伸ばし始めた襟足が少しずつ落ちて、肩を通り過ぎ、乳房の半分を隠している。2年で随分伸びたと思う。ここまで伸びたのはいつぶりだろう、10年以上遡らないと、この姿は私の歴史には見つけられないかもしれない。伸びた髪に手ぐしを通し、散りばめた茶色を探しながら会社のトイレの鏡でじっと、私は私の髪を見つめる。ショートカットに紺色のワンピースを着せられて、居心地悪そうに夏の朝のグラウンドに立っていた少...
2020.11.17 11:35朗らかな街の、川のほとりから今年の6月で30歳になった。大学進学を機に神戸にやってきて、就職で大阪に移り住んで、気づけば10年以上関西に住んでいる。1年間のオーストリア留学を中に挟んだ5年間の学生生活を経て、私は就職活動をして「普通の」会社員になることにした。今の生活は、その念願を叶えて得たものだ。私は今、川のほとりの会社員だ。けれど、就職活動から今に至るまで、自分の将来、自分の夢のことを常に考えてきた。今は会社員でもこれは...
2020.11.17 11:32思春期なんかに出会わなければ朝4時から支度をして、ろくにものを食べることも叶わず、祖父母や従姉妹の家に挨拶に行き、水気の多い雪でぬかるんだアスファルトに下駄を置いて母に傘を差してもらいながら、髪飾りと付け毛で重くなった頭をぐらぐら揺らしてたどり着いた成人式会場にはすでに見知った顔たちの晴れ姿がひしめいていて、それぞれに、これと選んだ振袖の柄が舞い歓声が響き渡り、すでに疲労の限界に差し掛かりつつあった私の感覚もその空気に飲まれ...
2020.11.17 11:24他者が「わたし」になるということ―演劇という言語今年は。メール画面を見ながら思う。今年は、上演許可願の連絡が多い。わたしは高校と大学で演劇をやっていた。高校時代は脚本も書いていた。なぜ書くようになったかはよくわからない、やってみたかったのだろう。それに創作脚本で大会に出る高校が多かったから、それが当時の主流だったのだと思う。わたしは高校3年間書き続けた。夏休みを執筆と修正に時間を使いすぎて1学期と2学期で成績を50位ほど転落させたこともある。(...